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校異:abともに全体が大きな黒墨の×印で消されています。そのため、この図そのものが岩波版には収録されていません。墨字の抹消は三浦黄鶴によるのものだと判断してほぼ間違いありません。この図を消すと次の「134ab 輭動植図一合」(輭=軟)との対関係が壊れてしまいます。抹消され、未完成とはいえ、一度は梅園自身が描いたこの図を載せる必要はないのでしょうか? 梅園は、空白を埋める作業を後世に託したのだと思いますし、江戸時代に比べ圧倒的に豊富な知識を持っている私たちが、このような分類法を発展させるべきではないでしょうか? しかも、三浦黄鶴(こうかく)による抹消は、当時の杵築藩を襲った飢饉による財政難が原因でした。内容が間違っていたと梅園が考えたから梅園自身が抹消したというのがこれまでの通説でしたが、大きな黒墨の×印が梅園自身の筆であるという根拠はどこにもありません。梅園の訂正は朱墨で書かれています。黄鶴が朱墨を使わなかったのは、父梅園の訂正と混同されないようにするためだったと思われます。 右の図は「堅動植図一合」のうちの「堅動図」です。左は「堅植図」です。ふたつ合わせて「堅動植図一合」となります。梅園の分類は極めて得意です。そもそも石や金属を植物に分類するというのは誰もが首を傾げますし、人によっては無思慮にすぎると思うかもしれません。三枝博音(1892-1963)が学界に梅園を紹介したときにも「科学的思考の粗忽さに耐えられない」という批判がありましたが、オブジェクト指向が知られる前の戦前の日本では、徹底したオブジェクト指向で考えた梅園の分類法は理解できなかったでしょう。 しかし、梅園の分類が徹底したオブジェクト指向だとしたらどうでしょう? 彼は「羽毛は動の植なり」と書いています。羽や毛髪を植物だという人はまず居ないでしょう。しかし、その存在の様態は植物によく似ています。その点では、歯も歯茎に植えられていますし、内蔵移植や植毛という言葉に「植」という文字が使われています。 もし「植えられて静止しているもの」というオブジェクトを列挙すれば、羽根も毛髪も歯も草も木も、石も金属もそのオブジェクトに入ります。これは、 逆に「植えられていなくて動くもの」というオブジェクトを列挙すれば、人も動物も、鳥も昆虫も、月も太陽も、夜空の星々もそのオブジェクトに入ります。 要するに梅園の分類が徹底したオブジェクト指向なのだとしたらどうでしょう。私はそれを「様態分類学」と呼んでいます。こういう考え方からすれば、ホヤや珊瑚は植物になります。系統分類学的には動物になりますが、それらは移動しません。卵の散乱はまるで植物が花粉を飛ばすかのようです。梅園のこういう特殊な分類方法は、オブジェクト指向という観点から見直されるべきだと思われます。 |