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これは「大処期物図」ですが、出版された『玄語』はすべて「時処期物図」になっています。この訂正を行ったのは三浦黄鶴です。 梅園は迷いなく「大処期物図」と書いています。この訂正は、長子黄鶴の理解が、父梅園に遠く及ばなかったことの証左となるものです。 あるいは、梅園の思考があまりに超人的であったことを示すものです。 ![]() 黄鶴の校訂ミス。父梅園には及ばなかったことが分かる。 この一点の校訂ミスを見るだけで、版下本を元にした出版された『玄語』は研究用底本としては使えないことが分かります。それほどに大きな間違いです。 いずれにせよ、これまでの大学では三浦黄鶴の『玄語』を研究していることになりますので、新たに三浦梅園の『玄語』を出版しなければなりません。 「大処」は「時処」を統合した概念で、「一即一一」の定式に従って、「大処即時処」となります。つまり、「大処」は四次元時空連続体です。梅園は物理学者ではありませんでしたから、光の速度などは考慮していませんが、時空連続体から時間と空間が排反事象として分離して発生していると考えていたことは間違いありません。棒記号を使って書けば、次のようになります。 大処|(時/処)
上は「大物」(だいぶつ)の象限です。「大物」は、基本的には地球環境の大規模構造という意味ですが、その意味での「大物」は第三象限の「大」という文字で表現されています。第三象限は「物」の象限です。。右の「気」は変化するものすべてのことで、変化するものは時間の象限に存在します。「今」は現在のこと、「端」は過去と未来の延長のことです。「宙」は純粋な流れとしての時間、言うなれば「場としての時間」です。それは万物の変化と運動の通路となります。 「時」は我々が一般に時間と呼んでいるものに近いです。ただし、江戸時代のことですから、太陰暦でしたので、時間の変化と生活間隔が今より密接でした。加えて江戸時代の「刻」は今で言えばフレックスタイムでした。現代の時間では、夏の1時間と冬の1時間は同じ長さですが、江戸時代は、夏の一刻は冬の一刻よりも長かったのです。人工的な照明がない時代でしたから、日の出から日の入りまでを等分していたのでそうなっていました。時計もなかったので、時刻はお寺の鐘で知りました。 左は「物」の象限です。「中」は、個々の存在の自己定位点、「外」はそこから広がる全空間です。「宅」は諸存在が定在する場です。たとえば、生物は地球の生態系を「宅」とし、生態系は地球を「宅」とし、地球は天球の中心を「宅」としています。 「処」は、場所としての空間です。存在するすべてのものを取り除いたあと決して除去できない場としての空間です。 下は「小物」の象限です。「小物」は通常ならば地上の存在物のことで、動物と植物がその代表ですが、最外周の円には「大」と書かれています。この図は「地冊・没部・天界の冊・宇宙」に属する図ですから、「小物」=地上の生き物、という固定した解釈を持っていると理解できません。 左下の第三象限は、小物|(気/物)の「物」の象限です。その「物」が、物|(大/小)と物|(天/地)に分かれています。右の第四象限を見てみますと、期|(比/環)と、期|(長/短)に分かれています。 物|(大/小)は、「物」は「大」と「小」を論理的に包含するという意味になります。つまり、「物」には「大物」と「小物」が在るわけで、この「大物」が地球環境の大規模構造を示し、「小物」が小規模構造、つまり地上の生物類を示すことになります。それを論じるのが「小冊」です。 では、「大物」は何かといいますと、これが「地冊・露部」で論じられる天文気象現象です。この場合の「気象」は宇宙気象も含みます。『玄語』の「地冊・露部」では「色界」という領域が論じられていますが、これは太陽の電磁波領域(光圏。photosphere)を意味しています。また、梅園の最晩年の到達点である「同胞孿胎」(どうほうれんたい)の思想を含んでいます。 「物」の両隣に「天」と「地」がありますが、これは「天物」と「地物」を意味しています。前者も天文気象現象のことですが、あくまでも地球から見た天文現象を意味しています。「地」は、地球および大地です。 右の第四象限は「気」の象限で円の中に「期」と書かれています。これは自然の存在物が持つ周期のことです。周期には生物の世代交代のように短いものと、天体の回転のように長いものがあり、それぞれ「短」と「長」という字が充てられています。「環」は天体の回転運動のことで、一番短いものは月が地球を一回まわる周期で、次は太陽が地球を一回まわる周期です。 「環」の反対側にある「比」は、生物の世代交代を意味する「鱗比」のことです。「鱗比」(世代交代)は短く、「循環」(天体の周回運動)は長いので、それぞれ「短」と「長」という字が書かれています。 梅園は、天動説か地動説かという二者択一は行っておりません。それは西欧の進学論争であって、それがそのまま戦後教育として日本の学校教育に取り入れられました。梅園は、無論、ティコブラーへが提唱した日心地心説も採用していません。梅園の天体論・天文観は独特で、いわば天球生命体理論と言うべきものなのですが、これについては「同胞孿胎図」で詳しく解説します。 ![]() [太陽と光圏と宇宙の暗黒の図] [右下の「色界」は電磁波領域のこと] [梅園の天球生命体理論(孿胎=双子=両子)] |