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この図は、『玄語』の数理論を示した図です。西洋の自然科学で使う数と決定的に違うのは0(ゼロ)がないことです。つまり、『玄語』の世界観はゼロを持たない数体系の上に構築されています。これはゼロを持つ西洋の自然科学とは決定的に違うところです。 西洋近代の自然科学はゼロを持ったために自然を操作すること、あるいは自然を改変することが可能になりました。あるいは、自然にはないものを造ることができるようになりました。しかも、そのために使う資源やエネルギーは、地下資源や化石エネルギー、つまり死んだもののエネルギーです。0(ゼロ)は死んだエネルギーを使うには好都合な数ですが、生命のある文明を造ることはできませんし、生き物を生み出すこともできません。 では「天数」とはどのような数かと言いますと、この数は自然界が自己分割を繰り返す回数を示しています。「一」は2の0条です。つまり分割していないことを示しています。これに対応するのが「一不上図」と書かれた白紙の図です。「二」は2の1条です。つまり一回分割したわけです。これが「一不上図」の次にある「一一相食混成図一合」という白と黒のワンペアの図です。この図が意味していることは、自然界は正反対のものの一対一の組み合わせでできているということです。正反対のものの組み合わせという点ではジグソーパズルに似ていますが、梅園は、木組みの凹凸を例にしてそれを説明しています。 天数を最もよく示す図としては「経緯剖対図」や「剖対反比図一合」「分合図一合」などがあります。図では、紙の大きさに制限がありますからあるところまでの展開で止めていますが、理論的にはどこまでも大きくなっていく図です。果ての果てまで図を描いていきますと、素粒子の粒子性と波動性に辿り着きます。その最末端から「事物図一合」の中央の「一合物成」(例えばひとつの石や一輪の花など)に至るまでの素粒子の合成の階層は、まだ基礎的なことしか分かっていません。これからの自然科学は、死んだエネルギーから自然界に存在しないものを作り出すのではなく、自然界をより豊かに多様にしていく方向に進むべきだと私は考えています。それには、当然宇宙開発も含まれます。 左の「人数図」(じんすうず)は、かぞえ数のことですが、やはりゼロを持ちません。0個のものは存在しないので数えられないのです。0の発見は負の数や虚数など、新しい数の領域を開拓し、それによって複素関数論などの新しい数学の領域が生まれましたが、梅園はそもそも0の存在を認めませんでした。0は現実に存在するものと一対一に対応しません。「無は則ち直ちに無なり」と切って捨てます。 末木剛博(東京大学名誉教授。1921-2007)は、この図をひと目見て「これは5を法とする剰余類です」と言いました。縁の下には、六、七、八、九、十という数が書かれています。これらを5で割りますと、6(以下、算用数字を使います)は、6÷5=1あまり1になります。7÷5=1あまり2、8÷5=1あまり3、9÷5=1あまり4、10÷5=1あまり5、となります。図には書いていませんが、11÷5=2あまり1、12÷5=2あまり2、13÷5=2あまり3、14÷5=2あまり4、15÷5=2あまり5、となります。こうすると、5で割るという規則を作って、あまりを1から5までとすれば、ゼロ以外の全自然数を記述できます。ここで興味深いことは、梅園が10÷5=2あまり0とはしていないことです。なぜなら0個のものは存在しないからです。言い換えれば、梅園の立場からは空集合は存在しません。梅園の数理論は、飽くまでも自然システム理論のための数理論です。 既に書いたことですが、梅園の「一」はアーサー・ケストラーがその著書『機械の中の幽霊』で提唱した「ホロン, Holon」と同じ性質を持っています。全体でもあり部分でもあり、いくら分割していってもゼロになることはありません。そして分割の果てにたどり着くのは、素粒子の粒子性と波動性であり、何かひとつの単一の実体に到達することはありません。 では、数学および自然科学を構築するのに必須な数であるゼロは『玄語』の体系のどこに存在するのでしょうか? それは「玄なる一元気」という言明不能な自己包越者が分割される前の存在であること、つまり、2のゼロ条であることに関係づけられます。2のゼロ条である原初の存在は超対称性を持っています。どこを見渡しても同じなのです。しかし、この対称性はそれ自身の自発性によって破れ、この破れは、どこまでも連鎖的に続きます。 この対称性の破れは、正反対の性格を持つ下位の対称性に移行します。梅園は、それを冒頭の白い円と黒い円によって描いています。対称性の破れは、本を開くことで示されます。開かなければ「玄なる一元気」のままです。この対称性の破れはどこまでも続きます。まるで無限に広い投網(とあみ)のようです。 この分離、つまり、正反対の存在に分かれることを「条理」というのですが、「条理」は「条貫理析」の省略形です。『玄語』の研究史を通じて「条理」を二字熟語だと誤解する研究者がほとんどでしたが、『玄語』は一語一義を原則としており、「条理」は「条」と「理」の組み合わせです。「条」はバイナリーを意味しており、「経緯剖対図」ではヤジロベエのような二本の棒の事です。このバイナリが最初から最後まで一貫して続くので「条貫」といいます。 「条貫」をもたらす基本の論理が「反」、つまり拒絶(rejection)で、シェファーのストローク関数とまったく同じです。梅園も棒記号を使っていますが、『玄語』の場合は自己分割になっています。外からの切断ではなく自発的な切断です。先に述べた南部陽一郎博士の「対称性の自発的な破れ」と発想は同じです。物理学と内在的存在論の違いが在るだけです。 本の綴じ目も棒記号として使っています。表と裏で「反」となる場合は、本の端(和本ですから折り線になります)がストロークを意味することになります。「反」によって分離されたものは互いに排反事象となります。動物と植物が良い例です。「条貫」と「理析」という正反対の性格を持つ語の組み合わせですから、「条貫理析」の省略形です。 「条貫」は、この自然界には二分岐が一貫して存在していることを意味しています。言い方を変えれば、二分岐によって正反対の性格を持つ者同士に分けられ、それが相互に引き合うことによってこの自然界が出来ています。磁石のN極とS極が良い例です。同様に、天空と大地・昼と夜・動物と植物・男性と女性・大人と子ども・悲しみと喜び、などが良い例ですが、梅園は、「条理」によって分割されたものの組み合わせを完全枚挙することで自然界の論理的描像ができると確信していました。その組み合わせを見つける認識作業を「反観合一」と言いました。 つまり、梅園はバイナリー・ツリーを基本構造とした構築物として自然を見ていた言えます。この点から見れば、発想が非常にデジタルなのです。 「理析」は、分離されたものが正反対の性格を持つための内部構造の相違を意味しています。内部構造の相違は外観の違いとして現れます。動物と植物が良い例ですが、青空と夜空、夏と冬、水と火、暖かさと寒さ、上昇と下降、天体の回転運動と大気圏内の昇降運動など、それらが成り立つための仕組みがまったく異なります。数え上げれば切りがありません。 梅園の時代は、まだ自然科学が発達し始めた頃で、ニュートンが亡くなる4年前に梅園が生まれています。そのため、詳細な科学的考察は無理だったのですが、反面、存在論的な立場からの自然界の考察には返って好都合だったようで、時空間論や運動軌道論には見るべきものがあります。ことに量子エンタングルメントしか生じないと考えられる場が、時空を超えた場として明示されていることには驚かされます。この場を「天虚」と言います。非時間・非空間・無軌道の場です。ここでは「反」の関係しか発生しません。 さて、話を西洋の数学的な数と、梅園の存在論的な数に戻しましょう。梅園の数体系には、ゼロがありません。しかし、存在の総体である「一元気」が自らを分離するためには、切断という操作を行わねばなりません。「一元気」には外部がありませんから、分割は自らが行うことになります。それは、南部陽一郎博士(1921-2015)が提唱した自発的な対称性の破れに似ています。実は、湯川秀樹博士の中間子理論や素領域理論もそうですが、南部陽一郎博士のこの理論にも、日本の伝統的文化が背景にあります。東洋大学の坂村健教授が推進しているTRONプロジェクトも、日本の伝統的精神から生まれていますし、トロンの仮身ネットワークは、『玄語』の内部構造としてのハイパーリンクそっくりです。いずれも分野は異なりますが、日本人の思考のDNAから生まれていることは間違いありません。 「一元気」が自らを分離するとふたつに分かれます。それが最初の「一一相食混成図」と「気物相食混成図」です。前者は、数の初出であり、後者は概念(語)の初出です。ここで2の1条が成立しています。「玄なる一元気」の2の1条は、白と黒の円(実は球体)ですが、同時に、数と概念に分かれています。 さて、ここで深く考えねばならないのは、0(ゼロ)が分割の指数(冪数べきすう)として現れていることです。「経緯剖対図」を見ればわかりますが、円で囲まれた「一」は、分割以前の存在です。それが分割されることによって下位の「一」と「一」に分かれます。それが「条貫」です。「理析」は「一」の内部の組織と構造を意味しています。「経緯剖対図」の「一」と「一」の間に「二」と書かれているのは、分割されたものは数えられるということです。数えるための数を「人数」(じんすう)というのですが、ここにもゼロがありません。つまり、『玄語』の数体系の内部にはゼロがありません。 ゼロは、2の0条、つまり、分割されていないことを示しています。分割されていない原初の存在は数えられません。しかし「経緯剖対図」はいくら分割しても「一」が続きます。梅園は凡例に当たる「例旨」に、 16197: 一は数えずして足る。故に 16198: 之を剖きて破る可からざるに至るも〉猶お一を尽さず〉(剖きて=さきて) 16199: 之を加えて載す可からざるに至るも》猶お一に至らず》 16200: 一元気は玄なり。 16201: 二は一を挙げて一を闕く。具を言いて闕を見す。亦た玄なり。 と書いています。16201:の文の意味は、鳥はつばさを持って空を飛べるが、代わりに前足がを失っている。魚は水中で息ができるが空気中では生きられない。雄は子供を産ませることはできるが、自ら生むことは出来ないというような、相い反するものの組み合わせだからこそ凹と凸のように組み合わせれば合う。だから、自然界は全体として調和するのだという意味です。ここで注意すべきは『玄語』は自然科学ではないということです。梅園が『玄語』を書くことによって目指したものは、自然界の論理的描像であって、その手法として二分岐の連鎖と分割されたものの組み合わせを用いたということです。 その二分岐の連鎖は、0から始まります。0は分割されていないことを意味しますから「玄なる一元気」(以下「一元気」とも書きます)を示します。1は一度分割されたことを意味しますから「一元気」は正反対の2つの存在に別れます。それが最初の白と黒の「混成図」です。このとき「一一」と「気物」に分かれますが、「一」は「一元気」の全体性を示しています。分割されてはいるが、分割されたものは、原初の全体性を失っていないということを意味しています。「経緯剖対図」がどこまで広がっても、それは静かな水面上の一点から広がる波のようにどこまでも波の性質を失いません。梅園はそのことを『玄語手引き草』(翻字した田口雅治博士の命名。『三浦梅園の研究』所収)に書いています。 「気物」(現代的に言い換えれば非物質と物質)は、その波がどこまで広がっても一対のものとして存在するということを意味しています。素人の推測ですが、素粒子の粒子性と波動性はその証拠ではないかと思っています。存在の全体から素粒子のような微細構造に至るまでの自然界の階層はまだ未解明ですが、梅園が試みようとしたことが自然界の階層の解明を含んでいることは確かです。 それで、0から始まる自然数列は、自然界の原初の存在である「一元気」の分割の回数を示し、0は分割していないことを意味しますから、梅園がその図と文で写し取ろうとした自然の内部には入ってきません。この点は、0を自然数とみなす数列によって生み出される西洋の自然科学的な自然像とはまったく異なっています。西洋の数学は、人工物を作るには適しています。ことに大量生産に適しています。しかし、生命を生み出すことは出来ませんし、現代では生命の母胎である自然を破壊するにいたっています。 かつて『西洋の没落』を書いたオズワルド・シュペングラーは、それぞれの文明は固有の技術によって成り立っているという意味のことを書いていました。そういう意味では、現代文明は地下資源を利用した大量生産文明であると言えます。それはもはや危機に瀕しており、まさに没落寸前の状態にあります。 バートランド・ラッセル(1872-1970)とジュゼッペ・ペアノ(1858-1932) ラッセルは、その著『数理哲学序説』(岩波文庫)の14頁に次のように書いています。 (略)従って、ここで論理的な重さという表現を使えば、上に述べたことは、三つの基本概念と五つの基本命題との論理的な重さは、自然数論から誘導され 科学全般の論理的重さに等しいともいえる。 「三つの基本概念」とは、ペアノの公理系における、零、数、後者、の三つのことで、ペアノが考えた五つの基本命題の中で、本稿にとって特に重要なのは、最初の 0は一つの数である。(以下略す) という命題です。『玄語』の体系の中には、0はありませんし、入る余地がありません。近現代の機械科学技術文明がこれほどの発展を遂げたのは、0を自然数と看做したことにあると私は考えています。0を自然数と看做したことによって数学も物理学も化学も、いわば万能性を獲得したのですが、それは、地球が長い年月をかけて地下深くに隠してきた化石エネルギーや地下資源を掘り出し、また宇宙が長い年月をかけて物質の中に封じ込めてきた原子のエネルギーを取り出して使うことには成功しましたが、それによって自然は大きな痛手を負いました。 梅園の数体系には0はありません。自然を構成するすべてのものが原初の存在の変容体であり、姿かたちこそ異なれども、原初の存在の言明不能性を持っています。 存在するすべてのものは、語り得ざる何者かの分身であって、人間が作り出したものではありません。私個人は、ゼロは「悪魔の数」であると思っています。自然数論から生まれた自然科学は何でも作れます。ゼロから始まる自然数には倫理も感情もありませんから、原子爆弾も作れますし、核ミサイルも作れます。 日本にはいま砂漠の緑化に取り組んでいる人が居ます。難しい数学は必要ありません。ただ、都市のゴミを砂漠に敷き詰めるだけです。それで数年もすれば家畜を飼えるようになります。ゼロは何も生みませんから、たったそれだけの知恵も数学者や物理学者のアタマからは出てきません。まさに「為す者の天に非ざるを知らず。人の数に眩むなり」です。自然は殺戮の道具は生みません。数学を駆使して殺戮の道具を生むのは人間です。 ルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン(1889-1951) 数の定義ということに関しては、もうひとり注目せねばならない論理学者が居ます。ヴィトゲンシュタインです。彼は、その著『論理哲学論考』の命題番号6.021において「数とは操作の指数である」と書いています。初期の日本語訳では「数とは操作の冪(べき)である」となっています。彼は、数を独立した対象として考えるのではなく、ある演算つまり形式的操作が何回繰り返されたかを示すものであると定義しています。 命題番号6.021の「操作」は、数学的演算のことではなく、ストロークによる切断のことだと私は考えています。というのは『論理哲学論考』自体がシェファーのストロークつまり「拒絶」を基本にしているからです。フランスの論理学者・哲学者のジャン・ニコ(1893–1924)は「不並立」(incompatibility)と言いました。私は「排反律」と呼んでいます。「排反律」は反対のものを排除しますが、「排反律」自体が排除されたものの一方です。もう一方は「相依律」ともいうべきもので、両方合わせて「相反相依」(そうはんそうえ)と言います。磁石のN極とS極が良い例です。動物と植物・雌雄・親子など、例を上げれば切りがありません。 梅園の天数・人数は、まさに彼が定義した数を示しています。天数の「一」は分割という操作が0回しか行われていないことを示しています。この時は何も認識できません。梅園はそれを白紙の図で示し「一不上図」(一、図に上らず)と書きました。重要なことは「経緯剖対図」の丸の中はすべて「一」であるということです。これはどのような存在も語り得ざる何者かからの分岐であることを示しており、それもまた語り得ざる原初の存在を分かち持っているということ意味しています。 このことを梅園は、2367:に「一は移りて二に居る」と書いています。この「一」を「性」といい「二」を「体」と言います。「性」は、本性のことで、縮めて「一性二体」と言いますが、これが三つの「一」の構造です。末木剛博(1921-2007)は、これを「三支構造」と呼んでおり、それが連続することを「三支構造の連鎖」と呼び、ヘーゲル(1770-1831)の弁証法との類似点をここに見ていますが、『玄語』のほうがより構造的であり、かつ数理を基本にして居るという点が異なっています。 ヘーゲルは梅園より47年遅く生まれ、ヴィトゲンシュタインに至っては、梅園が没してから一世紀後に生まれています。 その数理が、『論理哲学論考』の命題6.021 数とは操作の指数である、とぴったり一致することから考えれば、梅園の思考の先進性に驚かされます。これは梅園だけでなく、梅園の良き学問友達であった麻田剛立(1734-1799)などは、梅園宛ての手紙に地軸が20万年に一回ひっくり返ると書いています。いわゆるポールシフトですが、西欧がこの事に気づいたのは20世紀に入ってからです。江戸時代を古い時代と思うのは大間違いで、学問的には世界で最も進んでいただろうと思われます。 「経緯剖対図」の「一」の分割とこの命題を対応させると、自然界のストローク関数による分割(これを梅園は「条理」と言いました)と矛盾なく一致します。「一」から始まる自然数列(『玄語』では「人数」)は、語り得ざる存在である「玄なる一元気」の分割の回数であり、これは再現なく続きます。それ故「天数図」の中心は「無数」になっています。この「無數」は無限(∞)ではありません。 分割の回数に応じて語(概念)が表示されます。最初は「気」(非物質)と「物」(物質)となりますが、そのまえに白い円の「一」と黒い円の「一」が示されます。ここで「一即一一」の型が成立します。白円の「一」の像として「気」があり、黒円の「一」の像として「物」があります。「一即一一」という展開に対して「一一即一」という統合が成立します。 数理的には、2の0条である「一」が一回分割されて2の1条である「一一」に分かれます。その「一一」の各「一」も「一一」に分かれます。これを円形の図に描いたのが既に紹介した「経緯剖対図」です。この図は「天数図」の中心が「無數」ですから、一点から広がる水面の波のようにどこまでも広がります。ところが最初の一点が始発とは限らないのです。 最初の「一」を無限に広い白い紙だと仮定して、これを半分に切ったとします。それを重ねてまた切ります。それを重ねてまた切るという操作を繰り返しますと、ヴィトゲンシュタインの命題6.021「数とは操作の指数である」が成立します。この操作は切断です。切断の回数は、0から1.2.3.4.5...と増えていきます。 切断された紙の枚数は、1.2.4.8.16.....と2のn条に従って増えていきます。 ところが最初の紙の大きさは無限に広いので、どこまで切っていってもやはり無限の広さを持っています。では、最初の紙は、いったい何回切断されたあとの紙なのでしょうか? 梅園は「一」が持つこういう性質を次のように書いています。 16197: 一なる者は数えずして足る。故に 16198: 之を剖きて破る可からざるに至るも猶お一を尽さず。(一より小さくならない。) 16199: 之を加えて載す可からざるに至るも猶お一に至らず。(一より大きくならない。) と書いています。私は、このような性質を持つ数を「存在数」と名付けています。どのような小さなものであれ、たとえば自然界で最も小さな生き物であっても、その「存在」については、私たちは語る言葉を持たないのです。 この「一」が切断されると、「反」という関係が生まれます。これが「拒否」「不並立」「双否定」などと言われた論理的関係で、この論理を西欧で最初に発表したのは、ヘンリー・モーリス・シェファーで1913年のことです。しかし、バートランド・ラッセルが彼の業績を紹介するまでほとんど注目されませんでした。その論理を梅園は、図の中に、シェファーの棒記号と同じく細線で現しました。あるいは、本を開いた時の閉じ線、あるいは表と裏で現しました。文の中では、白点行と黒点行の二行一対形式(二行連)で現しました。地球環境世界のデジタルツインを構築するための基本フォーマットはこれです。フラクタル構造ですから、どの「一」からでも同じ図を展開できます。 ![]() しかし、膨大な宇宙と地球および生態系の観測網とそれをデータベースとして蓄積するには、地球規模のデータベースが必要になると考えています。砂漠の緑化や海水淡水化、希少生物の絶滅防止など、地球の課題は人類の課題ですから、これを人類全体の課題として解決の道を開発せねばなりません。これは地球上のすべての財産を費やす価値のある試みです。 また、文の中の語と語は、上下で対に成り、左右で対になるように書かれていましたが、文字を版木に彫っていた江戸時代では、文を並列させる記述は事実上不可能であったため、視覚的にそれを確認することは出来ませんでした。ただし、「本宗」の最初の二行にそのサインを残しています。その後日本は、一方向的な西欧化に突き進んで行き、江戸時代を西欧より劣った遅れた時代として忘れてしまいました。しかし、実は西欧より進んでいたのです。 梅園は、ヘーゲルが19歳のときには、三支構造の連鎖によって構成された哲学体系を既に作り出していました。それは、ヘーゲルの過程的弁証法とは違って即時的に展開する体系であり、明確な数理構造によって裏打ちされていました。また、ヘーゲル弁証法が歴史を記述するのに適しているのに対し、梅園の条理は自然を記述するのに適しています。事実、『玄語』の稿本改訂の歴史は弁証法的に発展しています。 しかし、『玄語』の記述法と論理構造は、私が明らかにするまで誰も知りませんでした。私が明らかにしたあとは、30年以上、誰からも無視されました。弁証法を否定する内容だったからですし、私が民間人だったからでもあります。戦後80年、日本の大学での江戸学研究は弁証法というイデオロギーが学問を押し倒していました。その流れを作ったのはソビエト科学アカデミー極東文化研究所のラードリ・ザトロフスキー研究員でした。戦後日本の文教政策を背後から支配していたのはソビエト科学アカデミーだったのです。三浦梅園の思想が最も強くこの流れを受けました。この流れから離れると、黙殺されました。イデオロギーが学問を圧倒した時代でした。 市井の郷土史家として研究を続けてきた私は相手にもされませんでしたが、そもそも私がここで書いた問題を考えている教師など、どこにもひとりもいなかったと思います。次頁は『論理哲学論考』と『玄語』の階層表示の比較です。梅園は、ウィトゲンシュタインより130年早く思考の階層化を行っていました。 ![]() |