119: 其の達観する処の道は、則ち條理にて、 120: 條理の訣は反観合一、捨心之所執、依徴於正のみに候。 121: 捨心之所執とは、習気を離るる事にして、依徴於正とは、徴と見えながら徴に あらざる徴あり、たとえば、日月は慥かに西にゆくの徴あれども、其の実は東 に行く、水は正しく火の讎と見ゆれども、火は水によってなるごとし。 122: 天地の道は陰昜にして、陰昜の体は対して相い反す。 123: 反するに因りて一に合す。 124: 天地のなる処なり。 125: 反して一なるものあるによりて、我、これを反して観合わせて観て、其の本然 を求むるにて候。 126: 此の故に、條理は則ち一有二、二開一。 127: 二なるが故に、粲立して條理を示し、一なるが故に、混成して罅縫を越没す。 128: 反観合一は、則ちこれを繹ぬるの術にして、反観合一する事能わざれば、陰昜 の面目をみる事能わず。 129: 未だ陰昜の面目を見る事能わずんば、博識多覧、聡明頴悟の人というとも、天 地の室をうかがい見ることは、得るあるまじく候。 130: 此の故に、條理を天門の鎖鑰とも申し候。 131: 條はもと木のえだにして、理は其のすじなり。 132: 是れを木に就いていうに、其の一本の身木、根を有し標を有し、根には次第に 根をわかち、標には次第に標をわかつ。 133: 其の分かるる内、子細にみればすじあり。 134: 其のすじというもの、何の為のすじなれば、気、其のすじに従って運び、形、 其の気の運びによって成るにて候。 135: 是れをひとつ水に移していわんに、田に水を灌がんとしては、必ず溝を拵ゆる 也。其の溝、即ち水の理也。 136: 理のわかるる処、條わかれ、千條万枝になり候も、其の理たち候えば、数限り なき田地にても、水、其の理に従い灌ぐにより、ある程の稲の数々、葉の末、 穎の先までも従い達し申し候。 137: 此の故に天気東西に転じ、日月順逆の行をなすも、川流れ潮泝るも、鳶飛び魚 躍るも、気、理に従って運ぶ事に候。 138: 試みに何なりとも草木の葉をとりて御覧候べし。 139: 大理小理をさき、眼精の及ばざる迄も理は敷き候て、気運び、己々が形をなし 候。 140: 此の故に、理という物は、天にも地にも、山にも水にも、乃至、鳥獣・魚鼈・ 虫豸・菌寓の類にも、形は気の運ぶに候えば、気運ぶべき理なきはなく候。 141: 此の故に、條理の理は、古人の説ける理もその内の事には候えども、死活の隔 てある事に候。 142: 人身の脈といえるも、即ち此の理にして他物にはあらず。 143: 理を以て形はなるものなれば、美醜長短も皆、此の理のなす処なり。 144: されども是も慣れて繹ぬる貪着なければ、人の体のひくつきなりと濟まし、其 の上は、秦越人王叔和の言を造物者の直訣のごとく、是を金科玉條となして、 偶疑をきざしても、小智は菩提のさまたげと了見し、一生明堂の蒙茸に取りつ き候も、本意なき事に候。人の経脈、みな一身に気血を運ぶ道路にして、唯其 の間、気質の分あり。 145: 古人経脈の名目をば設けながら、其の説は分明なる事も承らず、是れ又、慣る るに安んじ、書籍の習気を執し、徴に正による事能わず。 146: 其の造言の始めの人を神聖とたて、これ造物者の位に置き候。 147: 是れ即ち天地を師とせず、人を師とする弊にて御座候。 148: 天地を師と致し候は、反観の工夫にて、反観の工夫熟し候えば、天地になき事 はしらず、幽と隔て玄とふかく候とも、天地にある程の事は、推しいたるべき 事に候。 149: 條理は則ち物中に具する性体にして、性もと一、体をひらくに至っては、一昜 一陰相反す。 150: 故に一は二を有し、二は一を開く。 151: 故に一即二にして、二は則ち万物の位、一は則ち統べざる所なきの位なり。 152: 初心の間は、只仰いで蒼々として、碧瑠璃のごとくなる物を見て天とおもい、 俯して磅※(ほうはく)として土石の填てるを見て、地を談じ候。 153: 是れもさる事には候えども、是れは至って粗底の天地にて、此の位より天地を 窺い候えば、所謂天文地理運行の推歩にとどまり候て、ある物を数え候に過ぎ ず候。 154: 天地とは、もと気物の成名にして、気、天を成し、物、地を成す物に候えば、 一物あれば一天地、万物あれば万天地也。 155: 古人の所謂「物々各一大極を具う」にて、恒河沙の世界と申し候えば、事々敷 く多かる様に聞こえ候えども、恒河の沙の内、已に恒河沙の世界をそなえ候え ば、天地は幾恒河沙をかさねても、つくす事にあらず。 156: 是れ即ち二の位にて候。 157: 是を二の位と申し候は、天地かくの如く紛々擾々として、物多き様に見え候え ども、只かたちある物ひとつ、かたちなき物ひとつ、此の外に何も物なく候。 158: 其のかたち有る物を物と申し、かたちなき物を気と申し候。 159: かたちなき物は目にさえぎらず、手にさわらず候程に、むかしの人も心得違い て、虚空なり、無なりとおもい候。 160: 勿論、地の実に反して其の体虚し、地の質あるに反して質なく候えば、天を質 なき虚体の物と心得候えばよく候えども、さなく候て、あながちに虚無虚空と 心得候ては、大なる間違いに御座候。 161: もし、其のさす処の空無、真の空無に候わば、日月星辰もかかる所なく、我も 物も居る処なかるべし。 162: 日月星辰も已に其の内にかかられ、物も我も已に其の内に遊ばるれば、此の虚 体、あるに相違はなし。 163: ある物をさして無という、是れ顛倒の念ならずや。 164: 此の故に地は実にして体をなす。 165: 実の体あって山原湖海これに列なり、虚の体あって日月雲雨これに居る。 166: ここにおいて、精細によく思量すれば、気は実体の地中にも、虚体の天中にも 、一杯に充満して、纖毫の罅隙なし。 167: 是を人の身の上にて申さんに、此の身は則ち実体の地にして、温動を以て立つ の気は、則ち天なり。 168: 温動にかたちなければとて、是をなき物というべからず。 169: 其の温動の精英即ち人の神にして、名を分かち命ずれば、これを心と名づくる 也。 170: 此の故に、此の有体の身は、則ち神の入れ物にして、 171: 無体の神は、畢竟、物の命なり。 172: 此の故に、気聚まれば物結ぶ。 173: 物むすべば、神立つ。 174: 人は小物なり、天地は大物なり。 175: 小物も神と物とを以て成り、大物も神と物とを以て成る。 176: 一々粲立の手前よりしていうときは、天地の物は天地の物にして、万物の物は 万物の物なり。 177: 天地の神は天地の神にして、万物の神は万物の神なり。 178: ここに一々剖析の理を考うるに、かく森羅万象競い立つ様なれども、資る所に 変態ありて、給する処に二つなし。 179: 故に其の森羅万象、同一神物を混成す。 180: 是れ反して合一する処を観る也。 181: 何故に反して合一する処を観るとなれば、物、一々と成るかたち、本来必ず相 反す。 182: 本来よく反する故に、合すれば一つと成る。 183: 是を人工の上にていえば、※と鑿となり。(※鑿=ぜいさく) 184: ※の中高にさし出たるに反して、鑿は中窪に落ち入るなり。 185: 其の凹凸に少しにても無理あれば、或いはきしみ或いはくっつき、ひしと合す 。 186: 反せざれば一を成さざるゆえんなり。 187: 此の故に、造物のたくみ反する時は條理粲立すれども、合う時は混成して其の 縫目を見ず。 188: 此の故は、神はかたちのうして活し、物はかたち有って立つ。 189: かたちよく其の神を容れて活し、神よく其のかたちに居りて立つ。 190: しからば、神、其の状いかがぞといえば、唯活発々地、俗にいわゆるぴちぴち なり。 191: 條理の道、次第に天地を剖析し、剖析にしたがいて其の反態も変化を尽くし、 192: 然して物の分かれる処、各々一神物を成立すれば、 193: 其のなりの出来様と、其のぴちつきのし様とは千態万貌異なれども、 194: 火は火の体をなして火のぴちつきをなし、水は水の体を成して水のぴちつきを なし、 195: 魚鳥、魚鳥の体にして魚鳥にぴちつき、天地、天地の体にして天地にぴちつく 。 196: 其のぴちぴちをさして、鬱渤(うつぼつ)という事にして、混淪は則ち物立ち て見わるる貌なり。 197: 古人はもと地の貌を磅※(ほうはく)というに対して、天の貌を混淪といいし なれども、 198: 今ここに混淪というは、天地をくるめて物となし、神の鬱渤に対して形容せる 言葉なり。 199: さる程に、各々成就の上にていえば、蝦の小むずかしきかたちも、蛞蝓の太平 なるなりも、皆、己々が混淪なり。 200: 混淪の上にていえば、地は々たる内に一点の中をなして居る者也。 201: 其の一点小さき事形容すべきものなし。 202: 其の一点よく地を載せ、点を載せて撓まず。 203: 中の一点、小さき事形容すべからずとは、一点中に内なければなり。 204: もし僅かにも内あれば、至って小さき物にあらず。 205: 中の一点内なきが故に、其の外の大なる事外をなさず。 206: 外をなさざるもの即ち無窮也。 207: ここにおいて、物、其の中の一点に嶷乎として立ち無際涯にいたるもの、是れ 大物の混淪なり。 208: 此の故に、とこはてもなき物をたてて、ぴちぴちとする神を其の内に活す。 209: 是を神(しん)鬱渤として活し、物(ぶつ)混淪として立つといい、小物皆己 がかたちを此の混淪にとり、己が神を此の鬱渤に資りて天地の間にならびたち 、各々の作用をなすことなり。 210: さて右に蒼々として碧瑠璃のごとく、磅※として土石の填てるは、粗底の天地 と申し候。 211: 気に精粗有りて、物を没露致し候。 212: 先ずこの精粗没露の態を弁じて、かく蒼々たるものを戴き、かく磅※たるもの を踏むことも見え申す可く、 213: その精粗とは、粗なる処の気、其の体を没すといえども、猶其の場所をもてり 。 214: 精しき所の気は、物の内に居りて、其の場所を持たず。 215: 場所をもつもたずということは、先ず水入れにていはんに、水入れを拵ゆる始 め、先ず孔を二つあくる也。 216: 其の二つの孔の作用いかにとおもんみるに、此の水入れの量、水一升をいるる とみて、いまだ水をいれざる内に水一升をいるる程の場、此の器の内にあり。 217: 水なき内にも、只空物にはあらず。 218: すなわち此の没体の気を一盃充て居れり。 219: さる故に、此の器に水をいるる時には、一方の穴より気出ず。 220: 水出る時には、又一方の孔より気入る。 221: 是れ、其の場のしばらくも虚無にして居ることのならざればなり。 222: 此の故に、地のあらざる所は、天、其の場所をなす。 223: 此の場所ある故に、日月も此の内にかかり、山川も此の内に列なり、風も此の 内に吹き、雨も此の内に降り、われと物とも皆此の内に遊ぶなり。 224: ここにおいて、かたちあるものを露体といい、かたちなきものを没体という。 225: 其の体を没すといえども、猶その場を有する物は、粗中に天をなして、精中よ りこれをみれば、其の天、猶地のごとくなり。 226: 然して鬱渤の神にいたりては、其の場を占めず。 227: 其の場を占めざる故に、水成れば水鬱渤として活し、火成れば火鬱渤として活 す。 228: 天地の大なるよりして、散小の万物にいたって、其の物々に鬱渤たり。 229: これ中庸にいわゆる、物に体して残さずという位也。 230: 此の故に、鬱渤として活し、此の混淪を立てるものは、物に体して其の体なし 。 231: 没して天をなし、露して地をなす物は、畢竟、地中の天地にして、蒼々の天、 歴々の曜、 232: 央々たる無際涯に帰し、一大結物の地にして、鬱渤たる神の成れる天に有せら る。 233: 故に、天大地小と見る眼は、天地を達観する眼にあらず。 234: もし、よく天地に達し、條理に吐含ある事をしらば、地、なんぞ天より小なら ん。 235: 天又何ぞ地より大ならん。 236: 此の故に、神物混成の所をみれば、物よく宅をなして其の鬱渤の神をいれ、神 よく活をなして、其の混淪の物をたつ。 237: 只、粗底にしてよく没して虚の体を成し、露して地の体をなし、 238: 一大結物中に天地を開くも、精粗並び分かれて、没露並び立つ。 239: 其の没する物を天機とし、其の露するものを性体とす。 240: 此の性体というは、露して物を成す性体にして、性一体二といって、陰昜を立 つる所の性体とは、名同じうして差別あり。 241: 天機は没して天地をなし、性体は露して天地を成す。 242: 天は天地を宇宙になし、機は天地を転持になす。 243: 成し得て未だ天地を物に露わさず。 244: 体は虚実を以て天地をなし、性は水火を以て天地をなす。 245: 成し得て已に天地を物に露わす。 246: 体を露わさざる物、宅をなして、露わるるもの其の内に居る。 247: 此の天機性体の四つのものは、棊盤の四つの脚のごとく、一脚なく候ても、餘 の三脚自ら立つ事を得ず候。 248: 此の宇宙の字を古来、古往今来を宙といい、天地四方を宇と解したり。 249: 是にて大概すみ候えども、言の病これ有り候程に、唯、袞々として通ずるを宙 、央々として塞がるを宇と御覧なさる可く候。 250: されば今、布を織り候にも、経と緯と合わせざればならず。 251: 家を立てるにも、箱をさすにも、縦横の道具なくしてはならず。 252: 是れ経緯也。 253: 何故に経緯なくては物ならざるなれば、此の世界もと経緯にて織りたるもの故 、其の間に成るもの、其の道によらざればならず候。 254: さる程に前つかた、竹を網代に組みたる団扇に一辞を請われたる事有りし時、 我 一直一円一経一緯人造有資織諸元気 と書きて遺し候。 255: さる程に、物ごとに経緯なきはなし。 256: ちかく己が身にとりていえば、此の身緯となり、此の命経となるなり。 257: 其の古き解に、言の病ありというは、大物に六つと定まれる数もなく、古往き 、今来たるという言も、是れより已往をいい遺せり。 258: 先ず是を小物にこころみて、漸くに推して、経緯の大なる物を知り、大なる経 緯をしりて、天地万物、経緯に織らるる事をしるべし。 259: 其の宇宙の面目を観るには、先ず此の露体の天地水火を除きて、其の経緯をし るべし。 260: 今、目を閉じて思惟を下さんに、しばらくかりにこの天地を掃却したりとも、 袞々(こんこん)として通じて押し移るの時と、央々として塞がりて物を置く 処は、除き尽さざるべし。 261: 袞々とは、水のひた流れに流るる様に、いつより始まるとも、いつに終わると も、其の端を見ざる貌にして、 262: 央々とは、日月星辰もなく、ふむべき地、戴くべき天を分かたざれば、指すべ き東西南北立たず、立つべき上下も分かたざれども、唯、いづくを限りともし らざる貌なり。 263: 押し移るを通ずるといい、あらぬ処なきを塞がるという。 264: 塞がるとは充塞の塞にして、窒塞の塞にあらず。 265: 窒塞とは、かけ樋など水の通うべきが、ちり、木の葉様の物、通いを閉じて水 通わざる様の事にして、充塞はいずくまでも行きわたりて、ひまなき事なり。 266: 其の袞々として通ずる物、時にして経となり、ゆく物みな是を通るによりて、 万物の路となる。 267: 其の央々として塞がる物、処にして緯と成り、居る物皆是に居るによりて、万 物の宅となる。 268: 此の故に、日月此の袞々として経に通ずる時に刻みをつけて、夜となり昼とな り、月となり歳となる。 269: 天地此の央々として塞がる処に位を定めて、東となり西となり、上となり下と なる。 270: 是れ経緯の本にして、小物の経緯知らず。織らざれども自然と此の則に従うな り。 271: 天地もと活物、機を含んで動止す。 272: 気は外に居りて、其の方よく動き、 273: 物は内に居りて、其の方よく止まる。 274: うごく物は円にして、止まる物は直なり。 275: 円なる内に相い反して動く故に、一は東にめぐり、一は西にめぐり、 276: 直なる内に相い反して動く故に、一は上り行き、一は下り行く。 277: 爰において央々の内、内直にして持し、外円にして転ず。 278: 転、天をなし、持、地をなして、宇宙転持の没、天地を成す。 279: 是れ皆気にして、物ならざるによりて、天地有りといえども、未だ目にさえぎ らず、手に触れず。 280: 没は露の偶にして、没有れば露あり。 281: 天地はもと始めもなく終わりもなく、行く末の果てもなき物なり。 282: 是れも人に始終ある習気を離れざる故、とかく始終を立てざれば心すまず。 283: さる程に、仏氏は此の世界に成住壊空などという事をたてて、空より次第に天 地をなし、終には壊し空劫に帰し、又成し又空するとも説き、 284: 邵康節などは混沌開闢の説を増益して、天は子に開け、地は丑、人は寅に開け 、酉の会にして天を閉じ、戌の会にして地を閉じ、亥にして人をとずるなどと 、 285: 思いおもいの自論にて杜撰をなせども、皆條理をしらざるよりして、天人を混 ずるの妄説なり。 286: さる程に、天機、性体に先だつにもあらず。 287: 性体、天機に後るるにもあらず。 288: たとえば、一匹の錦、裏と表と一時になり、一卵の※(ひな)、左翼右翼一時 になるがごとし。此の故に、没中の天地を先説くとて、没、先なるとするにも あらず。 289: 露中の天地を後説くとて、露、後なるにあらず。 290: 此の故に、已に一物あれば、其の物に没する気を有し、露するたいを有するな り。 291: 其の有する体、二つにわかるれば、虚実なり。 292: 虚の体よく天を成し、実の体よく地を成し、 293: 然うして其の陰性、無際涯より内に収めて地を結び、昜気に噴れて水をなす。 294: 昜性、中の一点より発して天に散じ、陰気に聚められて火を成す。 295: ここにおいて、日月星辰上にかかり、山原湖海下に羅なる。 296: 兒女の輩、地という物は金輪際というよりはえぬき、天というものは、浄玻璃 の様なる物にて、天井のごとくはりまわして、其の間は唯何もなく、空々たる から物にて、東西南北の海は、さきよりさきにひたつづきにつづきて占めつか ず、月日は地の下をくぐり来る様に心得、天地の真形一円球にして、地、其の 核子なるをしらず。 297: 其の天地の真形は、地球の円、其のさし出たる処、国となり、落ち入りたる処 、海となり、上下四方人取りまわし、海もろともに円にして、天、央々たりと いえども、又円にして天象をいるるなり。 298: されども、人、天を戴き、地を踏むの習になずみ、 299: 水は傾けばこぼるるなどいう左徴にいつき、智恵働かず。 300: 此の故に、物には必ず始あり終あり、地は平らにして天は長く、月日は西にむ かい、水は傾けばこぼれ、火に煎ずれば水は尽き、水を灌げば火は滅し候など いう様のなずみつき、それをよき證拠と確く覚え込み候故、何分にも智の働き 出ず、其の事語りても、只石に水を投ずるがごとくに候。 301: さる程に、天地をしらんとならば、先ず此の粗底の天地の形体、日月の運行を 尋ね知るべきなり。 302: 運行は推歩家あり、形体は天文地理の書あり。 303: 西洋の学入りしより、これを実徴実測に試みて、次第に精密になれり。猶ゆく ゆく開くべく覚ゆ。世に其の人ある事なれば、就いて学ぶに不自由なる事なし 。 304: 然してそろそろと自分の眼を生じ、古人の謬説に惑わざるべし。 305: 先ず初入、いずれにも天地をまろくなすべし。 306: 天地とくとまろく成りぬれば、水を倒にしてこぼるる処なく、東を西にさして もまどう処なし。 307: さて、昼夜かわるがわる長短し、春秋一時に之有るがごとき、反観合一の工夫 も、実に試みる処出来たり。 308: 然して後、はじめて我が習気に泥まされしということもさとり、稍々智の働き 出来たり、達観の楷悌となりぬべし。 309: 此の故を以て、天地達観の初門は、天地の形体、日月の運行をしるにしくはな し。 310: 古今の書籍は、牛に汗し棟に充ても、猶あまり有る事に候えども、みな習気の 内より書きたる物ゆえ、其のなずみをさるの良薬と存ずるは見あたらず候。 311: しか申し候えば、只手まえ申し候事のみ、よき様に候えども、さにも御座無く 候。 312: 天地に條理あり。分かれて粲立し、合して罅縫を没する処は、天地本来の面目 、 313: 古人ときいたらざる所と自らは断じ候え共、むかしの人も、皆是れ天地密合と 存ぜず候て、説をなしたる人もなく、我も亦天地にあらざれば、我が習気の僻 、必ず多かるべし。 314: 故に三語数十万言、天地に合する処あらば天地に帰し、天地に合わざる処、晋 (すすむ)にて之有る可く候。
以上の訳・注解・英訳
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