玄 語 読 解 辞 典
Basic Terms and Propositions for Global Japonica Project

【1】

「玄語」初筆復元版

本宗/侌昜/一二 -1/13-



凡 例
1.語注は、初筆復元版に準拠して、条理語を順次解説することとした。
2.必要があれば、条理語ではない語も解説した。
3.「 〉」は黒ごまの傍点を、「 》」は、白ごまの傍点の代用記号である。正確な用法は初筆復元版「玄語」(PDF)を参照のこと。
4.漢数字の行番号は算用数字に変えた。
5.本辞典は今後の研究の基礎として作成されるものに過ぎないが、完成までに筆者の寿命が尽きる可能性もある。

00014: 物は性を有し〉性は物を具す〉性は物と混成して〉而して罅縫無し〉故に其の一や全なり〉

【物】ぶつ 世界を構成する可視的 visible・可触的 tangible なものの素材・原料 material のこと。 アリストテレスの「質料因」causa materialis に該当する。梅園は動物と植物を例に上げることが多い。ともに物質から出来ており、生命という共通の属性を持っている。

注: 「多賀墨郷君に答ふる書」の
 「反観前にも申し候えども、又一物を挙げ、くり返し動植の上に就いて申さん。」以下を参照されたい。

【性】せい 本性のこと。世界を構成する可視的 visible・可触的 tangible なものの性質 nature、または類型 type のこと。
「形相因」causa formalis に該当するが、二分岐を内包している点が異なる。この二分岐は情報処理の常套手段のひとつである平衡二分木 balanced binary streeである。これは 驚くべき先見性である。山・川・花・鳥・風・雨、など、存在するものは、すべてそれらの本性を表出している。それは可視的・可触的な素材となる「物」なしには成し得ない。
【有】う  内包すること、内包的に持つこと。あるいは、内在させていること。万物の個性として、あるいは、万物に共通する性質と して持つこと。すべての偶数は2で割り切れるという性質を内包しているが、すべての偶数は「2で割り切れる数」の集合なのだから、2で割り切れるという性質によって包まれている と言っても良い。「玄語」の発想は徹底して集合論的である。「物」は「性」を内包しているが、「性」によって包まれていると言っても良い。
【性】せい 前出。
【物】ぶつ 前出。
【具】ぐ  外延的に持つこと。現実態・具現態として持つこと。2で割り切れるという性質が多くの偶数を外延的に持つように 「性」は「物」を可視的・可触的なものに変容させ、世界を構成する諸要素として存在せしめて(=具現化して)いる。山川草木・風雨水火・樹花鳥獣、みな然りである。
【性】せい 前出。
【物】ぶつ 前出。
【混成】こんせい 混然と一体化した状態を形容する語。
【而】しかして 「であるから」の意。論理記号 ⇒ に相当する語。実質含意「もし〜ならば」の意。
【罅縫】かほう 「無罅縫」で かほうなし。 縫い目のこと。ここでは条理という二分岐の連鎖を比喩しているが、「条理無し」としてないことに注意。
【故】ゆえに 論理記号「∴」therefore に相当する語。文全体が成立するならば「故に」となる。
【一】いち 全体性の代数表記。個もまたひとつの全体であるので、個物をも意味する。アーサー・ケストラーの ホロン holon に先駆する概念の代数表記であり、この全体は「言明不能の全一者」 であり、存在するすべてのものの背景にあって世界全体を媒介する。この唯一者にいかなる主観的表象をも立てないところに梅園の思考の合理性がある。
【全】ぜん 全体。欠落・不足のない状態。すべて存在するものは、個体もその集合もそれぞれにおいて「全」であるとされる。
【文意】 物質は本性を持ち、本性は物質を具えている。本性は物質と渾然一体の状態にある。だから両者の境界はない。故に両者を統合したひとつのものは全体性を持つ。


梅園の「一」や「全」、あるいは「一不上図」に先駆するのは莊子(前369-286)である。ことに「斉物論」の影響が大きい。 梅園は重要なところで莊子が用いた比喩や用語を何度も用いている。また、この「一」は自然界全体をも、また、その個々の構成要素をも支持する代数である。 その点で西欧の論理とは著しく異なっている。「その一や全なり」と書かれているから、「玄語」の世界には純粋な個物など存在しない。 古代ギリシャに発する原子論(最小にして不可分な実体)とはまったく発想が異なる。

00015: 性は體に偶し》物は氣に偶す》物は性と粲立す》而して條理有り》故に其の二や偏なり》

【性】せい 前出。
【體】たい 性は条理によって二分岐して分かれる。この下位の二つのものを「体」という。従って「体」には「陰の体」negative body と「陽の体」positive body があることになる。 この関係は際限ない連鎖を成す。体は、侌(陰)の体と昜(陽)の体に分かれる。これを「性一体二」または「一性二体」と書いている。図で示せば


のように成る。「一」と「一」を分ける細線はシェファーのストロークと同等の機能を持つ論理演算子であるが、この演算子の発見はシェファーより200年早い。 また丸で囲まれた「一」はケストラーが提唱したホロン holon と同じ性格を持っている。この二分岐は情報処理的には平衡二分木 balanced binary tree であり、 梅園は、この連鎖を際限なく続く自然界の構成原理(「天地の準」)だと考えていた。末木剛博(1921-2007)は、論文『玄語』の論理(1)で「論理の客観性の仮定」と書いている。 それを示す図が下の「経緯剖対図」である。梅園は、波の輪のように際限なく広がる図であると書いている。下の図では positive と negative の相反性は示されていないが、相反性のみを示した図も描かれている。

三枝博音(1892-1963)からソビエト科学アカデミー極東文化研究所の研究員だったラードリ・ザトロフスキーを経てM.シェファーとA.ケストラーにたどり着く 思想の伝播は非常に興味深い。というのは、ソビエト連邦の建国とその国家形成のあり方から考えて、この3人がハザール人の末裔(アシュケナージ・ユダヤ) であることはほぼ間違いないからである。ケストラーの著書『ホロン革命』の原題が"JANUS"(二面神)であることは極めて興味深い。

【偶】ぐう 性は体に下行して二つに分かれ、体は性に上行して一つに統合される。ここではこの上位と下位の対応関係を言っている。この対応関係は果てしなく続くので、際限のない連鎖を成して全体を平衡状態に置く。
【物】ぶつ 前出。
【気】き  無形のものを総称して「気」という。素材は、形のないものと組み合わされて初めて形になる。「気」は諸存在の範疇 categories of being を総称する語であり、 アリストテレスの形相因 form に該当する。しかし、質料 matter(梅園の用語では「物」)にも無形のもの intangible object が存在する。時間や空間、過去や未来、生命などがそれである。容器は tangible object と intangible object から出来ている。
【偶】ぐう この偶は、一対二の関係(「一性二体」という)ではなく、「気」と「物」の一対一の関係を示す。つまり統合と展開の二項とは別に有形と無形の二項を考え、ともに「偶」という語で示しているのである。 「気」と「物」は互いに浸透しあったり、截然と分かれたりする。容器が良い例である。コーヒーを注げるのはカップが空虚な空間を形にしているからである。
【物】ぶつ 前出。
【性】せい 前出。
【粲立】さんりつ 相補的な二項に展開している状態を形容する語で、梅園はそれが際限なく続くと考えている。
【条】じょう 情報処理的に言えば平衡二分木 balanced binary tree のこと。概念的に言えば、相補的二項関係のこと。全一者は「条」を通じて下位組織に移行する。それゆえ「一」はいくら分割されても「一」のままである。 従って「条」は、個物を媒介する構造ともなる。個物は「条」の外にあり「条」によって接合している。
【理】 「条」によって分かたれたものの内部構造を「理」という。このように「条理」そのものも「条」と「理」の二項の組み合わせである。図において「条」は「一」の外にあり、「理」は白い円の内部にある。

この「条」と「理」の関係が日本の俳句の世界を生み出している。松尾芭蕉は「荒海や佐渡に横とう天の川」という俳句を残している。荒海・佐渡・天の川・それを観る芭蕉は、それぞれ全く違った原理から創り出されているにも関わらず、 ひとつの世界を生み出している。この句は、全一者がそれぞれに移行してそれぞれに姿を変えながらも、その全一性よってひとつに溶け合った世界を示している。梅園はこれを
03535: 天は有せざる所莫し〉有せざる所莫ければ〉則ち隔と雖も而も能く融す〉
と書いている。

【二】に  相補的二項の代数表記。
【偏】へん 平衡二分木(あるいは相補的二項関係)をその骨格として持つ「玄語」の体系に於ては、対立項との平衡関係・相補関係なしには成立し得ない状態を「偏」と言う。 上位に対しては「偏」となる項も、下位に対しては「全」となる。
【文意】 性質は、陰体 negative field と陽体 positive field との間に二項関係を構成し、物質 material は非物質 non-material と二項関係を構成する。 物質と性質は明確に分かれる。だから両者には条理という二分岐の連鎖が成立する。故にこのふたつは偏った存在である。

★注 00014-15:の2行からは『物理小 識』(方以智ほういち)の影響が伺われる。「浦氏手記」(うらししゅき)に同書からの抜粋がある。 また『天経或問』(游子六 ゆうしろく)からの抜粋もある。この思想の系譜を発見したのは、高橋正和たかはしまさやす(2005年没)である。『三浦梅園の思想』 (ぺりかん社(株)昭和56年5月30日発行)にその考察がある。三浦梅園資料館で梅園の蔵書を見れば一目瞭然である。この思想の流れを作ったのはイエズス会士マテオ・リッチである。00014-00015の二文に対応する図は「本宗」の001-018番にある。このページが理解の役に立つかもしれない。 この歴史の流れの発見者は、高橋正和(故人)だが、学界からは一笑に付された。『三浦梅園の思想』を参考にされたい。

00016: 性は物に性す〉

【性】せい 14行の「性」に同じ。
【物】ぶつ 14行の「物」に同じ。
【性】せい 同上。
【文意】 本性は物質に本質的性格を与える。

00017: 物は性に物す》故に
【物】ぶつ 14行の「物」に同じ。
【性】せい 14行の「性」に同じ。
【物】ぶつ 同上。
【文意】 物質は本性に物質性を与える。

生物の世界に限定してこの二命題を図示したものが「動植分合総図」である。 最外周の円をクリックすると素材(物)と性質(性)の様々な組み合わせを見ることができる。同様に宇宙に目を向ければ宇宙における様々な組み合わせを見ることができる。

< ここまで本文。以下、自筆割り注。版下本一段落とし >

00018: 一卽一一〉

【一即一一】いちそくいちいち 上位の「一」が下位の二つの「一」に展開されることの代数的表記。「即」を展開のための論理記号と考えることもできる。 「一」と「一一」の関係は「即」とされ、それが即時的展開であることがわかる。また「偶」ともされるが、この「偶」は複数ある偶の関係の中での「反偶」のことであるから「反」と置き換えてもよい。 「一」と「一一」の関係が「反」であり、「一」と「一」の関係も「反」であるから、「一即一一」は、一反(一反一)と書くことができる。この「反」を"/"で置き換えると、一/(一/一)となり、 ラッセル Bertrand Russell が「数理哲学序説」Introduction to Mathematical Philosphy(1920)の中で シェファーの論理式の特殊ケースとして紹介した、t /( t / t )と同じ形式になることがわかる。これが「経緯剖対図」の

と一致することになる。

t /( t / t)は関数的に完全であり「tはそれ自信を含意する」と読む。原文は "p/(q/q) means "p implies q".(同書p151)である。論理的思考は、たとえ人工知能によるものであっても、これより単純な論理を持てない。 またすべての論理はこの関数から導くことができる。p152に "Observe next that t/(t/t) means "t implies itself". This is a particular case of p/(q/q)".〔訳:次に「t/(t/t) は「t はそれ自身を含意する」ということを観察せよ。 これは p/(q/q)の特殊ケースである。」 〕と書かれている。つまり、ラッセルにもその意味はわかっていなかったのだ。

「一」は即時的に「一一」に展開され、「一」と「一一」が即時的に一対一の写像を構成する。これが「経緯」の根本である。

00019: 一一卽一》

【一一即一】いちいちそくいち 下位の二つの「一」が上位の「一」に統合されることの代数的表記。 00015の「偶」の関係が、展開方向・統合方向に成り立つ。「一性二体」の代数的表記。

最晩年、梅園は「一即一一」「一一則一」と書き分けようとした。展開方向と統合方向で文字を変えようとしたのだ。これは漢字を記号として使おうとしたことを意味していると考えられる。 黄鶴校訂版はこれを採用しているが、他所は未訂正の「一一即一」となっており不統一がそのまま残されている。つまり、梅園の最後の記述を採用するというのが黄鶴の校訂方針である。 初筆復元版は、梅園の最初の記述を採用するという方針を採っている。

00020: 氣は天を成す〉

【気】き  「かたちなきもの」と書かれている。無形のものの総称。範疇・時間・空間・過去・未来・感情・必然性・偶発性・色彩・引力・天体の軌道・天球の経度と緯度など、 物質性を持たないものすべてが「気」であるとされる。
【天】てん 「玄語」に於ては、一大宇宙から一微塵に至るまで、それぞれの「天地」を持つ。「天」は無形のものである「気」によって形成される。 「形相」に相当する概念だが、極めて多義的に使用される。
【成】せい 形成すること。成立すること。
【文意】 無形のものが諸存在の範疇を形成する。

ここでの「諸存在」は時空間などをも含めている。ただし「玄語」では時間と空間は「地冊/没部」(物質界の非物質領域)に置かれており、より上位のカテゴリーに統合されている。


00021: 物は地を成す》

【物】ぶつ 14行の「性」と「粲立」した「物」。物質 material。また「かたちあるもの」の総称。
【地】ち  「玄語」に於ては、一大宇宙から一微塵に至るまで、それぞれの「天地」を持つ。「地」は有形のものである「物」によって形成される。
【成】せい 形成すること。成立すること。
【文意】 物質が自然界に存在する諸物体を形成する。

過剰な意訳と感じる人が多いと思うが「地」は物質によって構成されるすべてのものの総称なので、これで良いと思う。

天地かくの如く紛々擾々として物多き様に見え候えども、只かたちある物ひとつ、かたちなき物ひとつ、此の外に何も物なく候。其のかたち有る物を物と申し、かたちなき物を気と申し候。 (和文「玄語」とも言うべき「多賀墨郷君にこたふる書」から)

00022: 性は一を具す〉

【性】せい 14行の「物」と截然と分離した「性」。
【一】いち 全体性の代数的表記。
【具】ぐ  「具欠」の「具」。条件として備えること。凹凸で言えば凹はへこみを具え、凸は突起を具えている。 明暗で言えば、明は明るさを具え、暗は暗さを具えている。 14行の「有具」の「具」とは異なる。老若で言えば老は若さを欠き、若は老いを欠く
【文意】 本性は全体性を具えている。

00023: 體は一を闕く》 (「闕」は解説では「欠」とする。「具一欠二」はおそらく黄鶴の校訂。)

【體】たい 「一性二体」の「二体」のこと、つまり下位の「一一」のこと。
【一】いち 全体性の代数的表記。全一性。
【闕】けつ 「具-欠」の「欠」。全体性を欠いていること。凹凸で言えば凹は凸を欠き凸は凹を欠ク。明暗で言えば明は暗を欠き、暗は明を欠く。動静で言えば動は静を欠き、静は動を欠く。 14行の「有具」の「具」とは異なる。
【文意】 陰陽の二つの体は全一性を欠落させている。

00024: 具一體二〉剖して經を爲す〉

【具】ぐ  「具-欠」の「具」。凹凸が嵌合して一体化した状態。
【一】いち 全体性の代数的表記。全一性。
【體】たい 「一性二体」の「二体」のこと、つまり下位の「一一」のこと。凹凸のそれぞれ。版下本では「闕」に訂正されている。おそらく三浦黄鶴の筆。
【二】に  相補的な二項に展開されたものの代数的表記。
【剖】ぼう 上位の「一」が下位の「二」(相補的二項)に分割されること。
【經】けい 展開と統合の方向を「經」という。縦方向。これは、地球の経線から連想されたものである。
【爲】い  為すこと。「爲-成」いせいの「爲」であるから、厳密には「爲す」いすと読む。 【文意】 全体性を具えた一と相反する陰陽に分かれた二体は、連鎖する二分岐によって条理の縦方向を為している。

「具一」の最大のものが「玄なる一元気」である。「本宗」の図の初めに「一不上図」と書かれた白紙の図で示されている。それは不断に自己を生成する全一者である。末木剛博(1921-2007)は、 「ラッセルの逆理に陥る自己包越者」と定義している。つまり思考不能である。芒笏ぼうこつ(恍惚,trance,self-oblivion)となるのだ。それ故、梅園は 「天冊/活部天神」の最初の文に「一は二を有す。故に芒笏の間、喪うしなうが如し」と書いたのである。この「芒笏」を最初に書いたのが莊子なのだ。

00025: 一氣一物》對して緯を爲す》

【一】いち 全体・全体性の代数的表記。
【氣】き  無形のものの総称。
【一】いち 全体の代数的表記。
【物】ぶつ 有形のものの総称。この「物」は、14行の「物」と同一であるが、「性」と切り離されている。
【對】たい 一対一の対応関係にあると言うこと。
【緯】い  展開と統合の方向を示す「経」に対して、一対一に対置される関係を言う。これは地球の緯線から連想されたものである。
【爲】い  為すこと。「為-成」いせいの「為」であるから、厳密には「為す」いすと読む。

【文意】 一対一に対応する無形の気と有形の物は、対立して条理の横方向を為す。

「一性二体」と「一気一物」の関係は図を参照しないと絶対にわからない。「玄語」で最初に出現するのは数である。数の初出は「一」だが、これは「一不上図」(言明不能な一者) とされている。次に、白い円と黒い円の「一」が見開きで出てくる。この三者が「一性二体」の初出である。次に白い円に「気」、黒い円に「物」と書かれた図が見開きで出てくる。 つまり、「玄なる一元気」からいきなり「気物」が出てくる構造にはなっていない。ここに経緯論の基本がある。t/(t/t)は、「一即一一」であり「一性二体」でもあるのだが、 「一即気物」という構造には成っていない。「気」と「物」は、「一性二体」の「二体」の次元で初めて出てくる。「二体」は「一一」であるから、「一気一物」となる。

00026: 分るれば則ち二 粲立す〉

【分】ぶん 条理に沿ってふたつに分離されること。
【二】に  相補的な二項に分離されたものの代数表記。
【粲立】さんりつ 相補的な二項に明確に分立している状態を形容する語。
【文意】 分割されれば二つの存在として明確に分離する。

「二」を「二つの存在」と訳したのは「二」が代数だからである。基本構造が相反性を基本とする平衡二分木だから当然のことである。 生物が動物と植物に分かれるのも、存在の場が時間と空間に分かれるのもその道理である。

00027: 合すれば則ち一 混成す》

【合】ごう。がっすれば 二つの存在(相補的二項)が、ひとつに統合されること。
【一】いち 全体の代数的表記。
【則】そく。すなわち 必然的に。論理的には「ならば」(⇒)に相当する。
【混成】こんせい 相補的二項が統合されて、ひとつの全体を形成している状態を形容する語。
【文意】 統合されれば一つの存在として混然として一体化する。

注: 「玄語」の構造そのものはさほど複雑ではない。梅園は、自然界が平衡二分木構造 balanced binary tree structure によって成り立っていること を前提としている。これを「条理」と呼んだ。それを語と文と図で写し取るために、大枠として背反性を持つ者同士の組み合わせを列挙した。 背反性を持つ者同士であるかどうかを見極める方法を「反観」と呼んだ。

次に梅園は、背反性を持つ者同士は一次元高次の段階では統合されるはずであると考えた。それを見抜く方法を「合一」と呼んだ。この認識の操作を 「反観合一」という。高橋正和(Masayasu Takahashi)氏は、「反観」「合一観」「反観合一観」の三種の認識法があると書いている(『三浦梅園の思想』 ぺりかん社)が、これは正鵠を得ている。

次に梅園は自然界が入れ子構造 nested structure で出来ていると考えていた。この二つの構造を単純に言えば、箱の中に二つの箱があり、 それぞれの箱の中にまた二つの箱があり、その箱の中にも二つの箱があるという連鎖がどこまでも続いているはずだと梅園は直感したということである。

その箱にはすべて代数「一」が与えられている。そして基本的なものから名辞が与えられている。いわく「侌昜」、いわく「気物」、いわく「天地」などである。 その箱の一つに「天」という名辞が与えられている。それを開けると「宇」と「宙」と書かれたふたつの箱がある。前者は空間、後者は時間のことである。

こういうふうにあらゆるものが箱に入れられ名辞を与えられるが、すべて「一」であることにおいては等価なので、それぞれの箱が自在なハイパーリンク構造を 持つことができる。松尾芭蕉は「荒海や佐渡によこたふ天の河」という句を詠んだ。「荒海」「佐渡」「よこたふ」「天の河」「松尾芭蕉」は、すべて別々の箱 に入っているが、それがひとつの世界を生み出している。こういうふうにひとつに溶け合う世界を梅園は「融」(てんゆう)という。

これは実は西田幾多郎の「絶対無」と同じものであり、伝統的な日本人の精神である。末木剛博の「西田幾多郎と三浦梅園」(PDF版はこちら)を参照のこと。


関連する玄語図

経緯剖対図/一一精粗図(けいいぼうたいず/いちいちせいそず)、その他の「本宗」の図。

ゆっくり行こう・・・

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