校 異




 図のように訂正されている。岩波版の図(P566, 図番48)は、訂正に従っている。
これは黄鶴の勘違いである。黄鶴は「天神」と「本神」の相違を理解できていなかっ
たのであろう。分からないのであれば、手を入れなければいいのである。後世が迷惑
するだけである。                              

・・・類型(たとえば牛、馬、猫、梅、桜、日、月、・・・・・).......
・・・その類型における活動性(モ~と鳴く、ヒヒンと鳴く、それぞれの花を咲か
    せる、昼夜冬夏をもたらす、潮汐をもたらす、・・・・・).......

・・・(すべての類型に共通するものとしての)持続性............
・・・(すべての類型に共通するものとしての)活動性............

「本」も「神」も形のないものなので「神」に統合され右象限(『玄語』の図では右
が陽である)に配置され、「天」と「神」は、潜在的に形を持つものなので「天」に
分類され、下の「地」とともに左の象限に配置されるのである。黄鶴は、父梅園の周
到な思考を理解できなかったのであるが、後世は無反省に黄鶴の改訂に従ったのであ
る。愚かというほかない。..........................

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